日報01 だから僕はブログを始めた。

ビジネスでは結果がすべて。

 

【ビジネスとは、結果とは】

結果とは「顧客に価値を創造すること」である。「価値を実感してもらう」こと、「価値を提供する」ことは的外れである。

 

「実感」とはあいまいで、実際に価値のないことでも、価値があるように感じてもらうことはできる。

 

「提供」とは何か。自分が持っているものを、相手に渡すことすなわち「移譲」である。

これは手段であって、提供物が自分を離れた瞬間にそれはその価値が失われたり、増減したりする。受け手によって変わるのだから、価値を提供しただけでは不十分だ。

価値の提供は手段でしかなく、その後、受け手にとって価値があるものでなければならない。

それを見通し、決して提供した瞬間に価値を実感できなくても、後々、顧客にとって、必要なモノに変質するかどうかが重要である。

 

【営業の役割】

営業担当とは、その道筋や、価値創造のストーリーの説明要員に過ぎない。

自社が創造する価値を理解し、適切な顧客を探索し、接触し、確認し、意思決定をさせるお手伝いをする。

そして、その後の経過を観察し、顧客がストーリーを見失わないように調整し、価値が創造されるのを見届ける、見届けられるように関係性を築く。

 

そんな役割だ。

 

そんな役割だから、付随して、営業が顧客の経過を、状態を、顧客の意見(正しいとは思わない、どのような反応を見せるかの確認程度)自社にフィードバックすることが、全体最適から求められる。

 

これが、企業によっては細分化され、マーケティングと呼ばれたり、カスタマーサポートと呼ばれたりすることもあるが、営業の主な役割はこのようなものだと思う。

だから、時としてマーケティングをすることがあったり、商品開発を任されたりするのだ。

商材によっては、制作や運用などに口出しすることも有効かもしれない。

 

しかし、営業とは「黙って売ってくる」ことが役割である。

限られた商品、サービスを市場にいる顧客に効率よく最適に届ける。

これが、役割である。

 

本来、制作や運用といった、部門に対し、口出しする暇があれば、最適化(効率よく、顧客に届けることを)しろということだ。

 

【営業のキャリア】

最適化のプロになり、それを仕組化し、ノウハウを蓄積、他社へ伝える方法を錬磨することで、営業力を強化=規模の拡大をしていくことに専念すべきなのかもしれない。これは営業+マネジメントと呼ばれ、マネージャーなどという呼ばれ方をする。営業部マネージャー。

 

もし、本人が自分も営業活動を行いながらマネージャーをしていれば、それはプレイングマネージャーと呼ばれる。

 

プレイングマネージャーには良い側面と悪い側面があって、マネジメントの手段として、メンバーに手本を見せたり、発言力を示したりする上で有効な場合もある。

しかし弊害は、マネジメントのプロとして、プレイングせずとも、マネジメントできるのであれば、それはそちらに特化した方が、全体最適される。

 

【営業のあるべき姿】

話がそれたが、それが正しい営業の役割。

 

その仕事は多岐にわたる。いくらでも深堀できる。それこそ、どこぞ外資系製麺保険会社の営業マンのように、ボールペンの選び方から、カバンを置く位置、目線にいたるまで徹底的に営業を真下に深堀することもできる。

あるいは、マーケティングのノウハウを生かし、対面のコミュニケーションが洗練されていなくても、効率よく探客できる営業マンもいる。

 

もちろん、どちらも完璧にやってのけるスーパーマンもいる。

 

これは追及しても横にも縦にも累乗的に広がりが大きすぎてマスターすることは不可能だ。

 

しかし、あきらめることはない。要は結果を出すことだ。求められる結果にたどり着くまでに、その組織のポテンシャルに自分を最適化させ、市場に最適化させ、最短で結果を出せるプロセスを追及することだ。

 

結果(ノルマや目標)があってよかった。色々な状況という制約条件が合ってよかった。夢や理想像があってよかった。

 

現状と通過地点と目指すところと置き換えられるかもしれないが、その制約条件のおかげで、取るべき打ち手を決定できる。

 

もし、現状結果が出ずに漠然とした不安を感じたら、まず、現状を整理することだ。アウトプットして。それはブログでも構わない。

 

【だから僕は今日ブログを始めた】

 

ひどく混乱し、動揺し、無力さを感じ、将来に不安をいだき、これまでを軽く後悔し、言いようのない闇に包まれそうだったから。

 

僕は、今試されている。

これまでも試されていたのだが、気づいた。気づいていたけど、ようやく向き合うことができた。

 

今日やった方がいいことも山積しているけど、それでもこうやってブログを書いている。進歩だ。その進捗の良しあしは、あとは社会が決めるだろう。要求せずとも結果となって現れる。

 

以上。

 

まずは、監督者がなく、緩みがちでナレッジが垂れ流しで、そのせいで整理もできなかった昨日におさらばできる。

 

だから今日のナレッジはこれ、「毎日日報を書くこと」

 

ここから始めよう。